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コラム

ファミリーガバナンス

江戸期・明治期からあった「ファミリーオフィス」と類似した取組み

 欧米において活用されてきているファミリービジネスにおけるファミリーオフィスの活用は、欧米固有のものではなく、日本の江戸期・明治期のファミリービジネスである三井家においても同様の取組みが行われていました。

 江戸期の三井家では、家訓である「宗竺遺書」(そうちくいしょ)をとりまとめ、ファミリーにおける事業経営、資産管理および事業承継等の根本規範としていました。そして、ファミリーを牽制するとともに従業員を取り立て、経営に当たらせる制度として「大元方」(おおもとかた)制度を導入し、所有と経営の分離を踏まえたファミリービジネスとしての経営を行っていました。「大元方」は、三井家のファミリーメンバーである「同苗」の代表者と事業をとりまとめる奉公人の重役による合議制で運営されており、従業員のみならず「同苗」をも統制して店の運営を統括し、商品の仕入および販売を一つの組織で実施できるようにしたものであり、三井家の事業を統一的に管理運営するとともに、「同苗」とその共有財産も包括的に支配する制度でした。

 また、明治期の三井家においては、近代法制度の整備が進展するなか、財産共有制を維持するため、「宗竺遺書」に代わる三井家の最高規範として、「三井家憲」(109条)を1900(明治33)年に制定し、ファミリーの権利関係、財産管理の仕組みを定めました。

 三井家としては、更に具体的な問題として、ファミリーとファミリービジネスとの関係、ファミリーにおける財産の共有性とファミリーメンバーの権利関係、ファミリーメンバーとファミリー外の専門経営者との関係等について適切に対処する仕組みを作る必要がありました。そこで、「三井家憲」の理念に沿いつつ、民法および商法の施行も睨みながら、1909(明治42)年に「三井合名会社」を設立しました。これにより、「所有と経営の分離」体制が一層明確化し、以後、家政は「三井家同族会」が、三井の全事業は「三井合名会社」が管轄する体制が定着しました。

 ファミリーの財産は、営業資産、共同財産、家産に分けられ、営業資産と共同財産は「三井家同族会」の管理下で運用されることとされていました。「三井家憲」には財産共有性を表だって謳った項目はありませんでしたが、制裁に関する規定のなかには、ファミリーから除名の場合には営業財産・共同財産を違約金として没収するとの定めもあり、共有財産の分割を回避するようにされていました。

 欧米のファミリービジネスおいては、非ファミリー株主によるファミリー企業株取得により非ファミリー株主の支配が高まるのを警戒してファミリー保有型を志向している面があり、ファミリー保有を円滑に行うとともに、ファミリー企業株がファミリー内外に分散しないようにファミリーが共同でファミリーオフィスを設立して、ファミリー企業株を共同保有する取組みがみられます。

 江戸期、明治期における三井家の「大元方」、「三井家同族会」等の取組みは、欧米のファミリーがファミリーガバナンスを意識してファミリーオフィスを活用している取組みと共通性があると考えられます。

(出所)

三井文庫(編著)(2015)『史料が語る三井のあゆみ-越後屋から三井財閥-』吉川弘文館, pp.18-79.

水谷公彦(2022)「日本の企業オーナーファミリーにおけるファミリービジネス株式保有に関する一考察」日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 Vol. 23 No. 1, pp.25-36.

水谷公彦
コモンズジャパン株式会社 取締役
水谷公彦税理士事務所   代表税理士