Column
コラム

ファミリーガバナンス

実効力のあるファミリーガバナンスを巡って

日本大学元教授 階戸照雄

1.はじめに
最近、ファミリービジネスと言う言葉をよく耳にするようになった。少し前までは、同族企業やオーナー企業の呼び方が一般的であったものだ。近年になり、日本企業の90%以上の社数を占めているファミリービジネスの存続・成長が日本経済に与える影響が認識されるようになった。ファミリービジネスのガバナンスの在り方、事業承継対策に注目が集まるようにつれ、ファミリービジネスという用語が定着してきたように思う。
また、ファミリービジネスという用語の普及と期を同じくして、株式保有や経営参加という形でファミリーがファミリービジネスにどのような統治を行うべきかという「ファミリーガバナンス」への関心が高まってきた。拙著『ファミリーガバナンス(副題:スムーズな事業承継を実現するために)』を出版した2020年6月とは隔世の感がある。本稿を書く機会を得て、このファミリーガバナンスについて考えてみることにしたい。

2. コーポレートガバナンスとファミリーガバナンス
「ファミリーガバナンス」を説明・定義する前に、重要な概念である「コーポレートガバナンス」について説明したい。
最近、日本では企業がその行動を律するために、コーポレートガバナンス制度の導入が鋭意進められているが、そもそもコーポレートガバナンスとはどのような概念であろうか。その定義については、経営面からのアプローチのほか、企業倫理等に基づいたアプローチなど立場の違いや、あるいは国によって社会的背景の違いもあるため、国際的に統一的な定義は定められていない。たとえば、株主至上主義の観点に立った米国型コーポレートガバナンスの一般的な定義は、「所有者と経営者の企業のコントロールに関する関係」となる。また、この分野の世界的権威とされるモンクス(Monks, R.A.)とミノウ(Minow, N)は、「企業の方向性と活動内容を決定する際の様々な参加者の関係」であるとし、その主な参加者が「株主、経営陣、取締役会」であり、他の参加者として「従業員、顧客、債権者、供給業者、地域社会」が挙げられるとしている。この考えは、どちらかと言えば広義の定義として位置付けることができるであろう。日本国内におけるコーポレートガバナンスの定義としては、2018年6月に東京証券取引所が公表したコーポレートガバナンス・コードの冒頭で「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を意味するものだと挙げられている。これらの定義をみると、コーポレートガバナンスとは、社内における経営管理の仕組みに着目するだけでなく、外部の利害関係者との良好な関係を築くことも求められているものと言えるであろう。
 次に、「ファミリーガバナンス」だが、一般のコーポレートガバナンスとは違う観点から捉える必要がある。すなわち、ファミリービジネスでは、企業の統治に加えてファミリーの統治についてもその仕組みを重層的に導入していくことが求められる。ファミリービジネスにおけるガバナンスの難しさは、ビジネスに対するコーポレートガバナンスとファミリーに対するガバナンスを両立させなくてはいけない点にある。
 言い換えると、ファミリーガバナンスは、ビジネスにおけるコーポレートガバナンスとファミリーメンバー間での良好な関係性が構築されている状況を意味し、それとともに、2つのガバナンスが調和するように、その関係性を調整するためのビジネスおよびファミリーが作る「統治するための各種の仕組み」までも含むものと定義ができる。

3.ファミリーガバナンスを行うにあたって、具体例な方法
 この「ファミリーガバナンス」を行うにあたって、具体例な方法を紹介したい。
一つは古典になるもので、3円理論で有名なジョン・デイビス(John A. Davis)がHBS Working Knowledge (November 2001)に発表したものだ。氏はファミリーガバナンスは3つの柱からなるとした。1つ目はファミリーの定期的な集まり(典型的には、毎年1回)(Periodic (typically annual) assemblies of the family)、2つ目はファミリーの計画やポリシーを決定するファミリー協議会(Family council meetings)、3つ目はファミリーのポリシーやビジネスとのあり方を規定する書面のファミリー憲章(A family constitution)である。シンプルではあるが、ファミリーガバナンスを遂行するための実際的な方法として、今でも十分有効であり、四半世紀前に書かれたものとは思えない。
次なるガバナンスの具体例は、拙著『ファミリービジネス成功の秘訣(副題:地域との共存による事業承継)』(2025年3月発刊)で筆者達が分析手法で使用したパラレル・プラニング・プロセス・モデル(PPPモデル)である。この本では、9社のファミリー企業をPPPモデルによって分析しているが、このモデルの分かりやすさと相まって、企業へのガバナンスを実効するためには優れたツールになるものと確信する。
 今、ファミリービジネスにおけるガバナンスのあり方を考える上で、喫緊の課題となっているのが、事業承継の問題である。日本の被雇用者の約70%はファミリービジネスで働いているが、日本のファミリービジネスは現在、経営者の高齢化や業績悪化もあり、スムーズな事業承継が困難な状況にある。ファミリービジネスの存続が危ぶまれ、倒産にもなると、失業者があふれることになる。世代交代に伴う事業承継を行うにあたり、ファミリービジネス経営者は何に気をつけて、どのように会社を引き継ぐのか、また、後継者は創業者もしくはファミリービジネスの承継者が築いてきたガバナンスをどのようにつないでいけば良いのか、大いに悩むところことになる。
 ファミリービジネス、ファミリーガバナンスを考える際に、事業承継の重要性をあらためて再認識することが必要になるのである。