Column
コラム
ファミリービジネスにおけるファミリーガバナンス
日本大学大学院総合社会情報研究科特任教授
階戸照雄
昨今、「ファミリービジネス」と言いう言葉をよく耳にするようになった。
2008年、「ファミリービジネス学会」を経営学界の著名な先生方と立ち上げた際、学会名をどうするかの議論となった。オーナー企業、同族企業、老舗企業、どの言葉も手垢がついており、マスコミを中心に不祥事等に関係する悪い響きもある。議論の末、全く新しい「ファミリービジネス」と言いう言葉を使うことになった。
当時は、ファミリービジネスはマフィアの映画として有名だったが、世界一である日本のファミリービジネスを広く世界の研究者に知らしめたい、今までの言葉では説明できないトヨタ自動車やサントリーも研究範囲に入れたいと考える研究者たち達の強い思いがあり、すべ全て包括し得うるファミリービジネスの言葉を選んだ。常任理事として事務局を長年担当したが、ファミリービジネスの言葉は一般には浸透していなかったのは事実である。
同年、『オーナー企業の経営(副題:進化するファミリービジネス)』を共著者として出版した際、出版社よりファミリービジネスをタイトルとにするには難しいと言われ、副題に何とか、押し込んだくらい新しい言葉であったものである。
今や13年の月日を経て、ファミリービジネスは世間の幅広い認知を得ている。
昨年6月、編著者として『ファミリーガバナンス』を発刊したが、ファミリーガバナンスと言いう言葉を自然に使えて驚いた。
まず、「ファミリービジネス」と「ファミリーガバナンス」を最初に説明・定義したい。
日本は、質(世界一の長寿ファミリー企業)、量(100年、200年以上の社歴を有するファミリー企業数)とも)共に、世界に冠たるファミリービジネス大国であるが、421万社の
企業(個人事業所を含まない)を有し、そのうちの99.7%が中小企業だが、同時に、全企業の約97%がファミリービジネスだと言いわれている。
実は、「ファミリービジネス」の定義に関しては、世界的に見ても統一されていない。一定の定義が存在しない背景としては、それぞれの社会で企業の捉え方、家族の捉え方に対する違いがある。そこで、日本の企業経営に対するファミリーの影響度を考え、企業の所有あるいは経営への関与という観点から、以下の55つの条件のいずれかひと1つを満たす企業をファミリービジネスと考えている。
(1)経営面からみた定義
①ファミリーが重要な経営トップの地位に就任している。
②創業者のファミリーが経営に参画している。
③事業承継者としてファミリー一族の名前が取りざたされている。
(2)所有面からみた定義
①個人株主として相応の株式数を有している。
②必ずしも資産形成を目的としているのではなく、ファミリーの義務として株式を保有している。
この定義では、ファミリーの存在が企業の競争力に影響を与える可能性がある企業はファミリービジネスとなるように考えている。
次に、「ファミリーガバナンス」だが、一般のコーポレートガバナンスとは違う観点から捉える必要がある。すなわち、ファミリービジネスでは、企業の統治に加えてファミリーの統治についてもその仕組みを導入していくことが求められる。ファミリービジネスにおけるガバナンスの難しさは、ビジネスに対するコーポレートガバナンスと、ファミリーに対するガバナンスを両立させなくてはいけない点にある。
言いか換えると、ファミリーガバナンスは、ビジネスにおけるコーポレートガバナンスとファミリーメンバー間での良好な関係性が構築されている状況を意味し、それとともに、22つのガバナンスが調和するように、その関係性を調整するためのビジネスおよび及びファミリーが作る「統治するための各種の仕組み」までも含むものとして定義ができる。
そして、いま今、ファミリービジネスにおけるガバナンスのあり方を考える上で、喫緊の課題となっているのが、事業承継の問題である。日本の被雇用者の約70%はファミリービジネスで働いているが、日本のファミリービジネスは現在、経営者の高齢化や業績悪化もあり、スムーズな事業承継が大変困難な状況にある。ファミリービジネスの存続が危ぶまれ、倒産にもなると、失業者があふれることになる。政府もファミリービジネスの事業承継の重要性を認識しており、33年前からあらたに新たに特例事業承継税制を導入したが、コロナ禍で、厳しい状況は継続している。
それでは、世代交代に伴う事業承継を行うにあたり、ファミリービジネス経営者は何に気をつけて、どのように会社を引き継ぐべきなのか、また、後継者は創業者もしくは若しくはファミリービジネス経営者が築いてきたガバナンスをどのようにつないでいけばよば良いのか、大いに悩むところである。そもそも、顧問先の事業承継にあたり、税理士が果たすべき役割や関わり方としてどのようなことがあるのか、有効な処方箋はあるのか限られた誌紙面であるが、考察してみたい。
まず、経営者として、どのように会社を引き継ぐのかであるが、よく長寿企業の経営者から聞く言葉は、駅伝マラソンに例たとえて、次の世代にバトンを繋つなぐという説明である。自分が任された区間はきっちりと走り抜く姿勢である。バトンを渡す者、それを受ける者の双方にとって、スムーズな事業承継とするためには数年または又はそれ以上の相当の期間に亘る周到な計画が必要である。自分たち達だけで悩むのではなく、外部アドバイザー等から助言を得るのも有益だ。顧問先をよく知る税理士の方々の出番である。
次に、税理士として、顧問先の事業承継にどう臨めばよいかを考えてみたい。ファミリー企業であろうと、なかろうと、主に税務を中心に当該企業のためになすべき事業承継に関わる実務を済々と行うことは従来通どおりである。ただ、ファミリービジネスの場合、単にビジネスのことを考えるだけではなく、いつもファミリーの仲が良いのか等、ビジネスとファミリーを車の両輪のように考えておく必要性がある。
ビジネス上で、仮に税金をうまく節税できても、ファミリーを考えると、最適解ではないこともあるのではないか、このビジネスとファミリーを平行並行して考える理論は欧米では既に1980年代に提唱されていた。その最新形の「パラレル・プランニング・プロセス・モデル」を拙著の『ファミリーガバナンス』や『ファミリービジネス 最良の法則』で紹介している。このモデルは対立しがちなビジネスとファミリーの間を調整するプログラムで、全体が5つのステップで構成されている。それらを組み合わせることで、ファミリーと経営者がファミリービジネスの将来像を考え、プランニングを行うための包括的なアプローチが理解できるように作られている。すなわち、ファミリーとビジネスの双方のシステムを、「価値観」「ビジネス」「戦略」「投資」「ガバナンス」という5つの活動の各ステップにより体系的に結びつけることで、並行的にプランニングを行おうとするのである。顧問先へのアドバイスのご参考になれば、幸いである。
『税務弘報』2021年5月号
