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コラム
100年超続く上場ファミリービジネスが少ない理由
日本では長寿企業が世界的に多い特徴があるといわれていますが、上場会社に限れば、1945年7月以前設立のファミリービジネスは、170社にとどまり、上場会社の4.4%(2022年1月現在)に過ぎない状況です(筆者調べ、コラム④をご参照ください)。1945年7月以前創立の日本の上場会社が170社にとどまっている理由として、まず考えられるのが日本における戦後の財閥解体の影響です。
戦前の日本における財閥の株式所有構造は、ファミリー株主が財閥本社の株式を保有し、財閥本社が財閥傘下の株式を保有するというピラミッド構造を採用していました。しかし、1945年8月15日のポツダム宣言受諾後、連合軍最高司令部(GHQ)は日本の「非軍事化」、「経済民主化」方針のもとに財閥解体指令を出し、財閥の非ファミリービジネス化を推進しました。
これを受けて日本政府は、1946年4月20 日に持株会社整理委員会令を施行するとともに、1946年8月8日に持株会社整理委員会を発足させ、財閥解体を持株会社整理委員会によって実施させました。持株会社整理委員会は、1946年9月6日に三井本社、住友本社等を持株会社として指定したのを始まりとして、持株会社として計83社を指定するとともに、財閥家族として56名を指定しました。そして、持株会社整理委員会は指定した持株会社または財閥家族からファミリービジネス株を譲り受け、広く個人へ分散させた。実際に持株会社整理委員会が処分した株式総額は1946年末の日本における総発行株式金額の約42%に及びました。そして、財閥解体措置を補強するものとして1947年に過度経済力集中排除法が成立し、一部の企業に会社分割が指定されるとともに、所有株式の処分が実施されました。また、1947年に独占禁止法が成立し、持株会社の禁止、事業会社の株式所有の禁止、金融機関の株式所有制限が定められました。このため、財閥が放出した大量の株式を事業会社が保有することができず、金融機関には株式保有制限があり、さらに自社株所有が禁止されました。
これらの結果、1949年には全上場株の69.1%が非ファミリーの個人株主によって所有される事態となったのです。
このように、日本では財閥解体、過度経済力集中排除法、独占禁止法等を契機としてファミリービジネス株の分散が進み、ファミリービジネス数、ファミリーとしてのファミリービジネス株式保有比率は大きく減少しました。
日本は長寿企業大国と言われますが、100年以上続く上場ファミリービジネスが170社にとどまっている理由は、民法の遺留分制度、相続税の影響もあるとは思われますが、第二次世界大戦後の財閥解体、過度経済力集中排除法、独占禁止法等の影響があると考えられます。
(出所)
増尾賢一(2009)「日本の株式所有の歴史的構造(2)戦後の財閥解体による株式所有の分散」中央学院大学商経論叢, 23(2), pp.53-66.
水谷公彦(2022)「日本の企業オーナーファミリーにおけるファミリービジネス株式保有に関する一考察」日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 Vol. 23 No. 1, pp.25-36.

水谷公彦
コモンズジャパン株式会社 取締役
水谷公彦税理士事務所 代表税理士
